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「岬」「枯木灘」「地の果て 至上の時」は、中上健次の多くある小説の中でも、竹原秋幸三部作として知られているけれども、文庫本の解説で柄谷行人が言うように、浜村龍蔵三部作なんじゃないかと思う。

三作を続けて読むと、この三部作は、竹原秋幸の思春期から青年期までを彼を取り巻く血の濃い人間関係の葛藤を描いているように見える。
また、被差別部落としての「路地」と日本国の戦後以降バブルまでの「時代状況の暗喩」として読むこともできる。

けれども、それだけじゃない異常さで、まったく感動作でもハッピーエンドでも、いわゆる悲劇でもないのに、胸に大きな塊がひっかかったみたいになる。

今日、やっと「地の果て 至上の時」を読み切った。
大学の時に、この三部作の最後、「地の果て・・・」を読み切れなかったのは、「岬」や「枯木灘」と比べて「地の果て・・・」は路地の生活や社会状況よりも、秋幸の実父・実母、義父や腹違いの姉との心情的な葛藤と、「枯木灘」後、消え去ってしまった路地への心情に、より重点を置いて書かれていたからだと思う。
それは当時から私小説、とか、私写真というワイドショー的なものに興味のない私にはあまり響かなかったらしい。

けれども何年ぶりかに読み終えて思うのは、「地の果て 至上の時」という小説が、「岬」、「枯木灘」に遥かに秀でているということ。それは、中上健次という作家が無意識としか思えない非凡さで浜村龍蔵にこう語らせているからだ。

「どっちにしてもわしは一たす一は一じゃし、三ひく一は一じゃと思とる。切手ほどの土地から始めたわしの計算方法での。わしも生きつづける。浜村孫一も生きつづける。秋幸も生きつづける。同じ一じゃ。同じ種じゃ。わしは杉や檜にヤキモチ焼かん。人に何と思われようと一は一じゃ。0じゃない。何しろ一じゃ、わしが生まれた時から始まっとったし、お前がフサの腹から生まれるときから始まっとった。わしもお前もこの世におると言うたらおる、おらんと思たらおらん。こうおまえと話しとるのもその昔、片目、片脚の孫一殿がその潰れてない片一方の眼で見た中の、昼の夢のような出来事じゃ。みんな見えとったんじゃよ。一に何を足しても一じゃし、一から何を引いても一じゃ。仏の国を夢みて負けて裏切られ続けた孫一殿は後の世のことまで知っとったんじゃの。」

この言葉が、朋輩のヨシ兄が息子の鉄男に撃たれた翌日、首をくくって死んだ龍蔵の自殺の真意そのものだろう。彼にとって、死ぬことほど簡単なことはなかったと言える。
「カモメのジョナサン」を著したリチャード・バックの「ONE」が言いたいことはこの龍蔵の長い台詞の中にすべて入っている。
これは田舎の、教育も受けず、乞食同然に育てられ、方々に女を作り、女郎にした女を籠抜けさせ、そしてまた女郎に売り、人を殺め、放火をして成り上がった男の言葉だ。
本能と生き抜く知恵(悪知恵?)だけで、人間として生き、息子が腹違いの弟を殺し、そしてその息子が見ていることを知りながら目の前の暗闇の中で首をくくる男である。
ここまで意味のない自殺が、完全に存在することなど、他では不可能であろう。
素晴らしい。

ガルシア・マルケスの「百年の孤独」のような「千年の愉楽」でオリュウノオバに語らせた路地の濃い血の話から、オリュウノオバが死に、路地が60年代後半からの戦後バブルで消え、「枯木灘」後、秋幸の実母であるフサ、その夫であり秋幸の義父である繁造、種違いの姉の美恵、夫の実弘らは龍蔵を憎みつづけるものの、あっさりとそのルーツである路地を捨て、こぎれいな服を身に着け、いい家に住むのだ。
この時、彼らは偽善者であり、秋幸一人が路地への郷愁に取り残され、カミュの「異邦人」ばりに人非人と指を指される。

多分、あたしがこの本を読み終えて胸に大きな塊があるように思うのは、読み終わってしまったという喪失感かもしれないなーと思う。

ていうかなんてすごい小説なんだろう。(今更。)
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